こんにちは、大庭です。
今日4月3日は何の日かご存知でしょうか。
いんげん豆の日
いんげん豆を中国から伝えたといわれる隠元禅師の命日にちなんで。
愛林の日 1895年(明治28年)のこの日、植林祭が始められたことにちなんで。
清水寺・みずの日
1998年(平成10年)に京都市の清水寺をはじめとする全国の「清水寺」でつくる「全国清水寺ネットワーク」が制定。「し(4)み(3)ず」(清水)の語呂合わせ。心、自然環境の浄化を訴える。
などなど、色々な記念日になっているそうですが、 悪天の特異日(天気が悪くなる確率の高い日)でもあるそうです。
実際、今日の空は今にも泣きだしそうな色をしております。
そして、4月3日は日本橋の開通記念日でもあります。
1911(明治44)年のこの日、それまで木造だった橋が、現在の石造りの橋に架け替えられ、開通したそうです。
開通の日は大勢の見物客が押し寄せ、それこそ架かったばかりの橋も落ちそうな勢いだったとか。
1963(昭和38)年には真上に首都高が通り、いささか窮屈そうな景観になってしまいましたが。
日本橋は江戸時代に五街道の起点となって以来、日本の道路の中心となりました。
現在でも、橋の中央には「日本国道路元標」の文字が埋め込まれており、国道1号・4号・6号・14号・15号・17号・20号の各線の始点となっております。
日本橋直上の首都高には「アジアハイウエイ1号線(AH1)」の起点もあるとか。AH1とは、日本橋を起点とし、韓国、朝鮮民主主義人民共和国、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、バングラデシュ、インド、パキスタン、アフガニスタン、イランを経由してトルコとブルガリアとの国境付近の終点に至るという、全長20,557Kmに及ぶ長大な路線だそうです。
えらくスケールの大きなお話ですね。
そして、あまり知られていないようですが、江戸時代には、日本橋のたもとには刑場もあったとか。
南詰にある「滝の広場」が、刑場跡だそうです。言われてみれば、なんとなくそれっぽい雰囲気…?
江戸で一番人の集まる場所だった日本橋は、見せしめとしての刑場にはうってつけの場所だったのでしょう。晒し刑があるといえば、野次馬が鈴なりになって見物したと伝えられております。
南詰西側には高札場跡もあります。
法令・禁令などを板札に墨書きし、人々に. 周知する ために、高く掲げた場所です。
京都・太秦に再現された往時の日本橋。
歴史と生活の重みある日本橋。
いつも何気なく通っている橋ですが、これからは心して渡るようにいたしましょう…。